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営業職の新人だった私に白昼のコンビニで起きたことと、それから

「電話をかけられず、バスに乗れず、会社に行けなくなった。誰も責任を取ってくれませんでした」

仕事で営業に行ったら、取引先で性的被害を受けた。その時、誰も守ってくれなかったとしたらーー。

新入社員だったマユコさん(仮名)は、あの日を境に営業の仕事ができなくなった。電話が怖い、バスに乗れない、アポが取れない。休職することになり、「死にたいな......」とも考えた。

人生を変えた事件は、平日の昼間、あるコンビニ店舗のバックヤードで起きた。

「同じように仕事をしながらつらい思いをしている人がいるかもしれない。守ってあげられる体制づくりのきっかけになれば」と、詳細をBuzzFeed Newsに語ってくれた。

先輩も抱きつかれていた

求人広告の会社に営業職として入社したマユコさん。半年が経ち、一人で取引先に行ったり飛び込み営業をしたりすることも増えてきた。

取引先の一つ、ある大手コンビニのフランチャイズの店舗を担当することになった。

コンビニに向けた提案は難易度が低いため、新人が任せられやすかった。と同時に、その店舗は、営業チームが持つ取引先リストの備考欄に「女性」と記入されていた。女性の営業担当を希望している、という意味だ。それで必然的に、女性の先輩からマユコさんに引き継がれたのだ。

「変わっている店長だよ」

引き継ぎの挨拶のためにその店を訪ねる道中、女性の先輩はそう言った。

「『肩をもんで』と言われて断ったら『俺がもんでやる』と後ろから抱きつかれたんだよね。営業所から遠いし、基本的に電話のやりとりで大丈夫だよ」

だが、実際に訪ねてみると店長は30代で妻とともに店を切り盛りしていた。気になる言動もなかった。

「先輩は、上司には報告していなかったようです。契約が取れることが成績につながるので、『だから女は』と面倒がられて担当を外されるより、気持ち悪いけど我慢しようとしていて、私にも忠告してくれたんだと思います」

フォローの電話を定期的に入れて3カ月ほど経った頃、店長からマユコさんに電話がかかってきた。アルバイトの欠員が出たため、求人広告を出したいから提案書を持ってきてほしい、ということだった。

「営業にはノルマがあるので、契約のチャンスがあるなら取りたい。来てほしいと言われたのに断るわけにもいかず、一人で行くことにしました」

「機嫌を損ねてはいけない」

営業所からそのコンビニ店舗までは、電車とバスを乗り継いで1時間ほどかかる。約束の午前10時に店を訪ねると、店長はぶっきらぼうに「11時だよ」と言った。

「確かに10時の約束だったはずなのに、と不思議でしたが、機嫌を損ねてはいけないと思い、すぐに謝って、外で時間をつぶしてから1時間後にもう一度、訪ねました」

店内には、店長の他にアルバイト店員がひとりいた。「大事な商談があるから」と店員に告げ、店長はマユコさんをバックヤードに通した。求人広告を出すか出さないかは、店長の裁量次第だ。

向き合って椅子に座り、店長にアルバイトの募集広告のプランの説明をした。申込書に記入するために背を向けた店長が突然、「手書きは面倒だから、必要事項を記入した申込書をファクスしてくれない?」と向き直ってきた。

その時、店長のズボンの股の部分が大きく裂けていて、グレーっぽい色の下着が目に飛び込んできた。動揺するマユコさんに店長は「太ももが張っているからマッサージして」と言ってきた。

「うちではそういうサービスはやっていないんですよ」

笑顔をつくって対応したら、店長は「前任の先輩はやっていた」「他の会社でもマクラ(枕営業)とかやってんだろ」と言いながら椅子を近づけ、自分の両足の間にマユコさんの足を挟み込んできた。

「早くやれよ」

千円札を差し出された

マユコさんは「さすがに無理です」「嫌です無理です」と拒否したが、店長に太もも、そして股間のマッサージを強いられた。さらに手首を掴まれてバックヤードの入り口に連れていかれ、膝立ちの体勢にさせられ、手と口で性的な行為をさせられた。

行為が終わると、店長は千円札を差し出してきた。受け取りを拒否すると、「口直しに」と店頭のマシンで作るホットコーヒーを渡された。

「会社に戻ったらファクスを送りますね」

マユコさんはそう言って店舗を立ち去るので精いっぱいだった。

「バスを待つ間、警察に通報することも考えたんですが、会社の大事な取引先なのに、私ひとりの判断で行動してはいけない、いったん会社に持ち帰らないといけない、と踏みとどまりました。駅に着いてすぐトイレに駆け込んで手を洗い、口をすすぎました」

会社に戻り、外回りに出ている先輩の帰りを待った。「約束した申込書をファクスしなければならない」「契約を取らなければならない」という心理が働き、何事もなかったかのように契約を進めた。帰社した先輩に相談し、上司と法務部に報告し、事件化の流れになった。

コンビニの防犯カメラには、起きたことの一部が映っていた。店長は強制わいせつの罪で懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が確定した。

仕事ができなくなった

事件の翌日から、マユコさんに異変が起きた。営業のアポイントを取るために1日に30〜80件かけていた電話がうまくかけられなくなった。事件の記憶がフラッシュバックするのでバスに乗るのが怖くなり、アポイントに行けなくなった。営業成績はみるみる落ちた。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断され、事件から4カ月が過ぎたころ、休職することになった。

「誰かが守ってくれると思ったのに」

マユコさんを苦しめたのは、店長から受けた被害だけでなく、双方の会社の対応だった。

マユコさんが勤める会社にとって、そのコンビニチェーンはトップクラスのクライアントだ。だからなのかどうかは不明だが、この店舗の経営者が変わると、会社は積極的に介入せず、あとの対応はマユコさん個人に任された。

店長は刑事裁判で100万円の「見舞金」の支払いを約束したが、マユコさんにはまだ1円も支払われていない。支払い能力がない場合に備え、マユコさんが代理人を通してコンビニチェーンの本部に交渉したところ、支払いを拒否されたという。

BuzzFeed Newsがこのコンビニ本部に取材すると、「個別の案件については回答は差し控えます」との回答があった。加盟店にはセクハラに関するマニュアルを配布し、注意喚起はしているという。

コンビニ側の責任は

コンビニのフランチャイズ契約とは、コンビニ本部と加盟店の間の契約。コンビニ本部は、商標・商号の使用権、商品やサービスの販売権、経営ノウハウの指導や教育などを提供し、加盟店は売り上げの一部をロイヤリティとして本部に支払う。

コンビニのフランチャイズ契約に詳しい中野和子弁護士は、こう話す。

「コンビニ加盟店の従業員は本部と労働契約がなく、本部に使用者責任は問えないのが原則です。店長による性的加害は、個人の資質によるものが大きく、本部が予見したり指導したりできたという判断は難しいでしょう。ただ、店内から見えない構造にしたり、1人か2人でオペレーションさせたりした責任が本部にある、という考え方もあるでしょう」

会社側の責任は

ハラスメントに詳しい労働政策研究・研修機構の副主任研究員の内藤忍さんは、このケースではマユコさんが自身の会社に、安全配慮義務に違反したとして、債務不履行に基づく損害賠償を請求することができる、と話す。

労働契約法5条

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

「取引先の希望に応じて女性の営業職を行かせていた、という部分は重要です。安全配慮義務違反で損害賠償を命じるには、労働者の安全が脅かされる予見可能性が必要とされていますが、今回の場合、取引先による女性の営業職の指定に正当な理由がない限り、危険を予見できたと言えるのではないでしょうか」(内藤さん)

ただ、同じ会社で働き続けたい場合は、社員の立場で会社を訴えることのハードルは大きい。マユコさんは当時、新入社員だった。

「いずれ転職するにしても、最低でも1年以上はこの会社でがんばらないと、どの企業も採用してくれないんじゃないかと思いました。辞めることもできないし、働くこともできない。会社ってこういうものなのかな、と失望しました。休職して自宅にひとりでいると『死にたいな』と考えるようになりました」

仕事だからやっているだけ

マユコさんが知っている営業職の女性たちには、同じような体験をしている人が少なくない。取引先にLINEのIDを聞かれて毎日のように連絡がきたり、接待の帰りに抱きつかれたり、といった声を聞く。それでも、自分が声をあげることが会社の損失になってはいけないと、必死に笑顔をつくって対応しているのだ。

マユコさんはあの日、紺色のスーツにタートルネックのセーターを着ていた。それなのに店長は、刑事裁判の証言台で「エロい格好をしていた」と語った。

「営業職は、仕事の一環としてそこにいるわけで、女として見ないでほしいです。相手がお客様だから丁寧に接したりへりくだったりしているだけなのに、勘違いされてしまうのは不本意でしかありません」

「加害者がどうしているかはわかりませんが、私はいま、からっぽです。仕事がどうなるかもわからず、希望もなく、被害の体験しか残っていません」

マユコさんは、コンビニ本部の責任を問えないかと、民事訴訟の準備を進めている。