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過重労働にのめり込む宅配ドライバー 若者たちの「やりがい」が搾取されている

ネット通販により急成長する宅配業界をめぐり、トラブルが相次いでいる。「お客さまから感謝されること」にやりがいを感じるという宅配ドライバーの労働環境で、何が起きているのか。

商業ビルの8階で荷物を配り終えると、エレベーターは降下中だった。台車を肩に担ぎ上げて階段に向かい、1階まで駆け下りる。5階くらいまでなら、荷物を持って駆け上がることもある。

「早く配達を終わらせないと休憩時間がなくなるから、時間を節約するためです。それと、自分に火をつけるため。1年365日、(トラックに)乗らない日もあるから、身体をなまらせたくない。俺、忙しいほど燃えるタイプなんで」

大手宅配業者のセールスドライバーとして働くヨコタさん(24歳男性、仮名)。東京都心の商業地域を担当する。入社7年目、主任だ。BuzzFeed Newsが話を聞いた日は顧客のクレーム対応に追われ、帰宅したのは午前0時半。朝は5時半に起きて出勤している。

セールスドライバーとは、配達、集荷だけでなく、営業や物販、物流提案もする仕事だ。ヨコタさんには、やりがいを感じる瞬間がある。

「ヨコタさん、いつもありがとう」

お客さんに会社名ではなく、自分の名前を呼ばれるときだ。配達した荷物を客の要望に応じて地下倉庫まで運んだり、3階まで担ぎ上げたりする「プラスアルファのサービス」の積み重ねが、信頼関係を築く。お礼を言われ、名前で呼ばれ、お菓子や化粧品をもらうようになり、ようやく集荷をライバル業者から乗り換えてもらえる。仕事の成果につながるまでには、地道なプロセスがある。

汗水垂らして働く「佐川男子」

2016年12月、佐川急便の配達員が荷物を投げたり蹴ったりしている様子を撮影した動画がYouTubeに投稿され(現在は削除)、同社は謝罪した。駐車違反をした運転手が検挙を免れるために知人を身代わりとして出頭させた事件も発覚した。

佐川急便のドライバーはイケメン揃いだともてはやされ、「佐川男子」として脚光を浴びていたのは、ほんの数年前のことだ。

佐川急便の人材育成に密着した『佐川萌え』を2012年に出版したライターの坂口さゆりさんは、こう話す。

「取材したセールスドライバーの多くが、『お客様から感謝の言葉をかけられたときにやりがいを感じる』と声をそろえました。汗水垂らして働いて、生身の人間と接して血の通ったコミュニケーションをするーー彼らは現代において、とても純粋で根源的な仕事観をもっています」

一方で、こんな気づきもあったという。

「『感謝されることがやりがい』というのは、介護の現場を取材したときにも聞きました。給料や待遇が悪く身体的な負担が大きい仕事は、心がすさみがち。感謝されたい、承認欲求を満たしたい、という期待が高まりやすいと感じます」

仕事にやりがいを感じるメカニズム

国土交通省によると、2015年度の宅配便の取り扱い個数は37億4493万個。ここ20年間で約3倍に増え、なかでもAmazonが日本に進出した2000年前後に急増している。シェアでは、Amazonを扱うヤマト運輸(46.7%)がトップ、次いで佐川急便(32.3%)、ゆうパック(13.8%)と、上位3業者が9割を占めている。

競争が激化し、人員は足りず、仕事は忙しい。だが、市場ニーズは高く、やりがいがある。そんな職場で起きることは何か。

1年間のバイク便ライダーの経験から、若者が悪条件の労働にのめり込むメカニズムを書いた『搾取される若者たち』の著者、甲南大学の阿部真大准教授(労働社会学)は、若者の「やりがい」がワーカホリックにつながっていく構造を次の4点にわけて分析する。

(1)サービス業はやりがいを感じやすい

製造ラインでモノを相手にする製造業と比べ、人を相手にするサービス業は、感謝や満足といった反応があるため、仕事の喜びややりがいを感じやすい。産業構造が製造業からサービス業に転換したことで、仕事にやりがいを感じる人が増えた。

(2)若者は仕事にやりがいを見出しやすい

団塊世代は政治や思想、バブル世代は消費や性など、仕事とは別のアイデンティティーを持っていた。ところが、90年代より後に社会に出た団塊ジュニア以降の世代は、就職難や景気低迷の背景により、仕事にアイデンティティーを見出しがち。

(3)やりがいに長時間労働が加わると苦しくなる

アルバイトの場合、数時間の勤務が終わると日常生活に戻れるので、仕事で嫌なことがあっても我慢したりリセットしたりできる。逆に、いくらやりがいのある仕事でも、長時間にわたると逃げ場がなく、苦しくなる。

(4)職場はやりがい至上主義を助長しやすい

やりがいは、同僚や顧客との関係という「密室」でより深まり、間違った方向に助長されていく。目の前の客を喜ばせること=やりがい、となりがちだが、仕事とは本来、社会的に求められる役割をこなすこと。例えばコンビニの店員なら、より速く正確に接客することが求められているはずなのに、愛想やサービスといった根本ではない部分の期待値が高すぎる。

「上司は部下のやりがいを抑えるべき」

「日本社会の働かせ方モデルは、製造業が主だった1970年代の頃のまま。つまらない仕事をさせるためにモチベーションをいかに上げるかが重視され続けている。今は逆で、サービス業では放っておいても従業員のモチベーションは上がっていく。そして仕事が増えると、バーンアウトする」

阿部さんはこう指摘し、経営者やマネジャーの役割を再定義する。

「部下のやりがいを満たそうとするのではなく、やりがいを抑える工夫が必要です」

これはサービス業に限らず、クリエイティブな職場などにも当てはまる。仕事の質を上げるため、部下は際限なく時間や労力を使おうとし、上司も際限なく付き合う。そこにすでに「やりがい搾取」が発生している。「好きでやっているんだ」という部下の熱を冷ますことで健康的な働き方を維持するのが、持続的に成果を上げるための上司の役割だ。

急いでいる姿勢を示すために走る

坂口さんが取材したある佐川マンは、「飛脚」の名の通り一日中、走り回っていた。なぜ走るのか、という質問に、彼はこのように答えている。

「トラックを駐車して仕分け作業をしているときに、近所のお客様と顔を合わせることがある。ドライバーが近くにいるのに荷物が届かないのはなぜ? と感じるかもしれない。配達の順番はこちらの都合。『すぐには無理でも1分1秒でも早くお届けしたい』と体で示すために、走っています」

冒頭のヨコタさんも、出勤すると「午前中」と配達時間帯が指定された荷物が50個以上、待ち構えていることがある。時間帯の指定は、追加料金なしの「サービス」だ。それでも、午前中に届けなければクレームの対象になりうる。

「ネット通販で注文した商品が、翌日午前中に届くのが当たり前だと思われている。こちらの事情もわかってほしいな、と思うことがあります」

ヤマト運輸では、配達をめぐるトラブルが発端となり、営業所の従業員が客の男にチェーンソーで脅される事件が起きた。

夢は一軒家のマイホーム

体力勝負で、時間に追われ、客のクレームに肝を冷やすーー。宅配業界は、長く働き続けることができる環境といえるのか。

車好きが高じて宅配ドライバーになったヨコタさんには、夢がある。給料を貯め、約800万円の国産高級車を買うことだ。今は独身だが、将来のマイホームはマンションではなく、一軒家を購入したい。

大手宅配業者の場合、給与や待遇は悪くはなく「公務員のように安定している」とヨコタさん。今年の正月には、営業所の駐車場に約100台のトラックがずらりと整列した。日本の物流を担っているのは俺たちなんだ、と決意を新たにした。トラックの大きなロゴやユニフォームは、会社の看板を背負っているという一つのアイデンティティーだ。

「この仕事は天職です。そう思わないとやっていられないですし」

若者の純粋な「やりがい」が、都合よく搾取されてはならない。阿部さんはこう話している。

「好きなことを仕事にしなさい、人の役に立ちなさい、人から感謝されなさい、といった職業教育が蔓延していますが、好きだけで仕事をしていると『自己実現系ワーカホリック』になりかねません。社会のなかで必要とされている役割を忠実にまっとうするというドライで成熟した職業観に、少しずつ切り替えていく必要があります」

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